民主党青年議員訪中団は15日、中国天津市を訪問し、天津市規画展覧館、周恩来・鄧頴超記念館、トヨタ自動車と中国企業との合弁会社「天津トヨタ自動車有限会社」を訪問した(写真は天津トヨタ自動車有限会社で模型で工場の説明を受ける議員団一行)。

 日程には、津村啓介青年委員長、大西健介青年委員長代理、後藤祐一国際局副局長、小山有彦・東京都 議会議員、落合誠記・壬生町議会議員、田中健・東京都議会議員、下田寛・鳥栖市議会議員、中村延子・中野区議会議員、福嶋あずさ・いわき市議会議員が参加 した。

天津市規画展覧館 天津市の模型の前で

天津市規画展覧館 天津市の模型の前で

 天津市規画展覧館は2009年にオープンした天津市の都市計画をテーマにした展覧館。天津市の中心部や「濱海新区」開発計画を含む天津市全体の都市計画 のほか、歴史、交通、観光、環境・生態保護、住宅、国教施設等、テーマごとに16の展示ブースが設けられている。展示プレートや写真、模型を大量に使っ て、天津の歴史と将来の計画が展示されている。

 特に天津市中心部で映像と電飾を使った広大な模型や、トヨタ自動車、エアバスなど世界の有名企業が進出している国家級開発区の「濱海新区」の模型につい て重点的に説明を受けた。天津市を紹介する映像については団員から「天津市はこんなに良い都市だとアピールしようとする力を感じた」「日本も国際社会では このくらいでないと生き残れない」との感想が聞かれた。

天津市中心部の模型

天津市中心部の模型

周恩来・鄧頴超夫妻の像の前で

周恩来・鄧頴超夫妻の像の前で

 中国初代首相の周恩来生誕100周年にあたる1998年にオープンした周恩来・鄧頴超記念館も視察。記念館では、王起宝館長が議員団一行を出迎えた。館 内視察では担当者から冒頭、「新中国が設立して以来、周恩来元総理がさらなる対日友好の発展を進めた」と日中友好に貢献した実績を紹介した。周恩来の幼少 の頃から時代を追って写真や資料が展示されており、周恩来と天津との関わりについては、1913年に南開大学・中学の前身である南開学校に入学しており、 当時授業を受けていた教室を再現して「成績が優秀だったので一番前の席に座っていた」と紹介。日本に滞在したときの似顔絵も展示され、「この絵やそれが中 国に伝わったいきさつも含めて日中友好の証しだ」との説明があった。毛沢東との関わりを示す写真や油絵、1972年に田中角栄首相と中日合同声明を発表し たときの写真も展示されていた。

トヨタ事務館前で

トヨタ事務館前で

 続いて「天津濱海新区」に拠点を置くトヨタ自動車と中国企業の合弁会社「天津トヨタ自動車有限会社」を視察した。事務館で、陸波常務副経理(常務副社長)に迎えられ、若林淳副総経理(副社長)から工場の規模や売上状況等について説明を受けた。

 大西議員は地元が豊田市に近いこともあって、「関連会社から部品の現地調達が進み見通しが不透明だとの声を聞く」との認識を示し、現地調達の割合や従業 員の教育に関して質問した。副社長は「部品の現地調達は95%を超えているが、大部分は日本から中国に進出した企業から仕入れている。天津の開発区のなか にも多くの日本のメーカーが進出している。走る、曲がる、止まると行った機能はほとんど日本系企業の部品だ。人材育成は日本と全く同じ。グループリー ダー、組長、班長なども日本でしっかり教育して、その人たちを中心に部下を教育している」との説明があった。従業員のなかで日本人は100人程度でそれ以 外は中国人の構成になっている。

 日本政府に望むことは何かとの質問には「中国で働いているので、仲良くしてほしい。反日運動が活発化した際にデモ隊が来て空ビンを投げられたくらいで済 んだが、日本人は1日ホテルで待機していた。9月から11月は工場の稼働が4割落ち、残業手当、深夜手当がなくなり現地の従業員の生活も難しくなった。良 い関係を保ってもらいたい」といった要望が出された。

 エンジンの供給元、販路、燃費規制、車内の空気の品質保持対応、大気汚染対策規制に則り有機溶剤を使っての中塗り・上塗り方法等に関しても意見交換した。

 工場見学では時松工場長からのあいさつに続き、担当者から組み立てラインを視察しながら説明を受けた。特に56秒に1台の車を完成させるための工夫について、詳しく説明を受けた。

トヨタ事務館 立っているのが若林淳副総経理(副社長)

トヨタ事務館 立って説明しているのが若林淳副総経理(副社長)